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大阪地方裁判所 昭和24年(ワ)1438号 判決

原告 川上孝助 外二名

被告 川畠宇之松 外四名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、

一、(一) 原告川上孝助に対し、

(1)、被告川畠宇之松は茨木市大字上穂積小字東垣内五七六番地宅地二八坪五合及び同所五七七番地宅地五〇坪二合五勺の地上に存する木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二三坪七合二勺、木造瓦葺平家建物置一棟建坪九坪九合六勺及び木造瓦葺平家建居宅一棟建坪三坪八合三勺の家屋を収去して右宅地を返還せよ。

(2)、被告中小路治平は同所五六四番地宅地五二坪二合九勺の地上に存する木造瓦葺平家建物置一棟建坪一一坪二合の家屋を収去して右宅地を返還せよ。

(二) 原告堂島六雄に対し、

(3)、被告杉原馨は同所五八三番地の一宅地五九坪二合七勺の地上に存する木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二二坪一合五勺の家屋を収去して右宅地を返還せよ。

(三) 原告堂島一哉に対し、

(4)、被告杉原馨は同所五八三番地の二畑四二坪、同番地の三宅地一坪三合八勺、同所五八三番地畑一六坪の地上に存する木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二二坪一合五勺及び木造草葺平家建物置一棟建坪八坪八合の家屋を収去して右土地を返還せよ。

(5)、被告馬場留吉は同市大字上穂積小字八反町二四一番地の一宅地四一坪、同所同番地の二宅地五三坪三合六勺、同所同番地の三宅地三五坪六合七勺、同所二四〇番地宅地五〇坪の地上に存する木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二二坪一合外二階四坪、木造草葺平家建工場一棟建坪三六坪及び木造亜鉛鋼板葺平家建工場一棟建坪二〇坪の家屋を収去して右宅地を返還せよ。

(6)、被告東畠安次郎は同市大字上穂積小字東垣内五八八番地宅地七一坪の地上に存する木造草葺平家建居宅一棟建坪二二坪七合及び木造瓦葺平家建物置一棟建坪八坪八合の家屋を収去して右宅地を返還せよ。

二、訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決を求め、その請求の原因として次の通り述べた。

「請求の趣旨記載の各土地はそれぞれ返還を求める各原告より返還を求められる各被告に賃貸していたもので、被告等は右各地上に収去を求められている各家屋を所有して、その各賃借地を宅地として使用して来たものである。ところが被告等は昭和二三年秋頃から共産主義的分子の煽動に乗ぜられ、他の宅地賃借人等と共同提携して地代の支払を拒否し、進んで自作農創設特別措置法による宅地買収を目的とする団体行動を起すに至つた。その結果被告等は、昭和二三年一〇月九日の物価庁告示第一〇一二号(同月一一日より施行)によつて右各土地の地代の統制額は一ケ月一坪五二銭となり、同告示の施行以後原告等から右統制額の範囲内において一ケ月一坪五〇銭の割合による増額の請求を受けこれを承認していたにも拘らず、昭和二三年一月以降の地代の支払をなさず、他の宅地賃借人と共に地代不払同盟を結んで地代支払の意思のないことを表明し共同戦線を張つて宅地所有者に対抗して譲らない。そこで原告等はやむなく昭和二四年五月三〇日附書面を以て被告等に対し、それぞれ前記各土地に対する賃貸借契約を、右地代の不払を理由として解除する旨の意思表示をなし、同書面は被告東畠に対しては、同年六月一日、その他の被告等に対しては同年五月三一日それぞれ到達したので、右各土地に対する賃貸借はそれぞれ右各到達の日に終了した。よつて被告等に対し地上建物の収去と土地の明渡を求める。」

なお被告等の主張に対し、地代は毎年末支払の約定であることはこれを認めるが、被告等主張の統制額に変更があつても地代の値上は双方の協議によつて定める約定があつたとの事実及び昭和二三年度分地代の提供及びその不受領の事実はこれを否認する、また形式的に被告等主張のような買収処分のあつたことは認めるが、買収当時は既に賃貸借契約は解消していたから右買収は無効であると述べ、また統制額の値上は前記告示のあつた当時茨木市役所から回覧を以て通知せられたので、借地人は均しく値上の事実を知つており、また原告等からもその際被告等に右の事実を通知したが異議の申出をした者もなかつたのであつて、被告等の中には本件宅地以外の宅地については、同年末公定地代を持参している者もあるのであるが、本件土地については当然買収になる土地であるから地代支払の必要なしとしてその支払を肯ぜず、明かに支払の意思のないことを表明したので、原告等は期間を定めた催告をなさずして直ちに契約解除の通告をしたものであると附演した。

被告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。

「原告等主張事実中、原告等主張のような土地を被告等が賃借し、その地上に原告等主張の家屋を所有していること、昭和二三年度分の賃料が未払であること及び原告等主張のような昭和二四年五月三〇日附書面が到達した事実はいずれもこれを認めるが、その他の事実は争う。

原告等主張の各土地を、被告川畠は四十数年以前から賃料一ケ年米二石、被告中小路は二十数年前から賃料一ケ年米三斗八升、被告杉原は三代前の時代から賃料一ケ年米八斗、被告馬場は四十数年前から賃料一ケ年米一石四斗、被告東畠は先々代時代から賃料一ケ年米四斗七升の各約定で、いずれも毎年末払の定めで賃借していたものであつて、賃借当時は物納であつたが米の供出制度が行われてから金納となつた。当時公定価格で一ケ月一坪につき七銭であつたが、原告等から懇請があつたので一坪一〇銭とした(部落全部同じである)。その代り公定が高くなつてもその割合について値上は双方が協議して定めることとなつた。そして被告等は以上のように一坪一〇銭の割合で毎年一二月末に支払つていた。昭和二三年度分は一二月に各自右割合による賃料を持参したが、原告等より同年一〇月頃から一坪五〇銭に値上げして欲しいという申入れがあつたが話がまとまらないので、被告等が持参しても原告等は金額が定まるまでそのままにおいてくれ、値上が定まつたら勘定するということでこれを受領しなかつたものである。決して一坪五〇銭に決定したのではない。また被告等が支払を怠つたものではない。従つて契約解除は不適法である。

また原告等の主張している昭和二四年五月三〇日附の書面は単に契約を解除するという意思表示で、期間を定めた催告がないから契約解除はこの意味でも不適法である。原告等は被告等が賃料支払の意思のないことを明かに表明していたというがそんなことはない。

なお本件各土地はいずれも昭和二四年中茨木市春日地区農地委員会において買収計画を定め、原告等から異議訴願があつたがいずれも棄却せられ、その買収令書も原告等に交付せられているのであるから、右行政処分が取消された上(取消判決が確定した上)でなければ土地明渡の請求はできないものである。

以上いずれの理由からしても原告等の本訴請求は失当である。」

〈証拠省略〉

理由

原告等主張の土地を被告等が賃借し、その地上に原告等主張の家屋を所有していること、昭和二三年度分の賃料が未払であること及び原告等主張のような昭和二四年五月三〇日附書面(賃貸借契約解除の意思表示)が被告等に到達した事実は当事者間に争いがない。そして右各土地を被告等が被告等主張の時からその主張の賃料の定めで賃借していたものであり、賃借当時は物納であつたが米の供出制度が行われてから金納となり、当時公定価格で一ケ月一坪七銭であつたのを原告等地主の懇請で一ケ月一坪一〇銭と協定しその割合で支払つて来たことは原告等の明かに争わないところであり、また右賃料が毎年末払の定めであつたことは原告等の認めるところである。

そこで問題は右契約解除の意思表示がその効力を生じたか否かであるが、昭和二三年一月以降の賃料が未払であるといつても、賃料は毎年末払の定めであることは前記のように当事者間に争いがないのであるから、本件では昭和二四年度の賃料が問題とならないことは明かであり、従つて問題は昭和二三年度一年分の賃料不払について被告等に債務不履行の責があるか否かである。そして同年度分を未払であることは被告等の認めるところではあるが成立に争いのない乙第一ないし第三号証に証人沢田雅五郎、小河宇一の各証言及び被告本人中小路治平、馬場留吉の各供述を総合すれば、被告等賃借人側においても、同年度の賃料を従来通り一ケ月一坪一〇銭の割合で支払うことには何等の異議もなく、被告等はいずれも同年末またはおそくとも翌二四年の二、三月の頃までにはこれを原告等に提供してその受領を求めており、中にはその供託までしている者のあることを認めるに足るのであるから、少くとも右部分に関する限りは被告等に契約解除の原因たる債務不履行のなかつたことは明らかであつて、結局問題は同年度中に原告等主張のような一ケ月一坪五〇銭への値上がせられた事実があつたか否かにかかつて来る。

そこで問題を右値上の事実にしぼつて考えてみるのに、原告等主張のように昭和二三年一〇月九日物価庁告示第一〇一二号(同月一一日より施行)により地代の統制額が変更せられ一般に増額となつたことは当裁判所に顕著なところであり、本件各土地の地代の統制額が一ケ月一坪五二銭となつたことは被告等の明かに争わないところである。そして当時の情勢から考え一般に地代を右統制額の最高額まで増額することは、特別の事情のない限り、許されて然るるべきことであつたと考える。しかし右告示による増額はただその統制額が変更増額せられたに止まり、各個の賃貸借上の賃料が右告示の施行により当然にその最高額まで増額せられたものでないことはいうをまたないところであつて、各個の賃料はその各当事者が右統制額の範囲内でする協定或いは借地法第一二条による増減変更の請求によつて定まるものといわなければならない。そこで進んで本件において右の意味での賃料増額の協定或いは請求がせられた事実があるか否かを検討しよう。証人小河宇一、榊原英一、沢田吾一、沢田雅五郎、沢田鉄太郎の各証言に被告本人中小路治平、馬場留吉の各供述及び原告本人堂島六雄の供述の一部を総合すれば、前記の通り本件各土地の賃料は以前は物納の定めであつたがその後米の供出制度ができた頃から金納となつたものであつて、昭和二一年九月二八日勅令第四四三号地代家賃統制令により、右賃料額は従前の賃料額に停止せられたものであつたが、その後賃貸人側から大阪府知事に対し右停止統制額増額認可の申請があり、同知事から一ケ月一坪七銭までその増額を認可せられたものであつて、右認可の頃右土地所在地分の地主(賃貸人)と借地人と協議の末、右認可統制額たる坪七銭を以ては租税その他の関係上到底地主側の収支が償わないというので、借地人側も地主側の要望を容れて、賃料額を一ケ月一坪一〇銭に協定したものであり、なおその際地主側は、借地人側が右地主の要望を容れたこと故その後の値上は地主の一方的にはせず、必ず借地人と協議の上ですることを約し、昭和二二年頃からこれを実行したものであつて、本件原被告等も右協定に従つたものであること、ところがその後昭和二三年一〇月になつて前記のような物価庁告示による地代統制額の変更があり、統制額に関する限りは原告等主張のような値上ができることとなつたのであつて、このことは当時茨木市役所からも各部落に対し通知があり、これが回覧せられて、その具体的金額がいくらになつたかはともかく、統制額の増額があつたことだけは原被告等共いずれもこれを知るに至つたものであること、従つて借地人としてもいずれ賃料増額の問題の起ることはこれを予期したところであり、同地方の借地人の中には同年末までに地主と折衝して坪五〇銭までの増額を認めその支払を了したものもあるが、本件原被告等間にあつては、前示坪一〇銭への値上の際のいきさつもあつてか、原告等地主の側においても同年末或いは翌年始め頃にかけて、被告等賃借人側からする賃料のつけ(請求書)の請求、或いは坪一〇銭による従前の割合の賃料の提供を受けるまでは、何等被告等に対し本件賃料を一ケ月一坪五〇銭に値上げする旨の意思表示をした事実はないのであり、右つけの請求に対しても右増額した割合による請求書を渡してはいるが、被告等の反問にあつては、なおよく相談しておく程度の話しかせず、また旧賃料の提供に対しては、新賃料がまだよく定まらないのでこれが決定の上で受取る旨を以てその受領を拒絶しているに過ぎないのであつて、結局本件契約解除の意思表示に至るまでの間(昭和二三年度分の賃料が増額になつたか否かの問題とすれば、増額の意思表示に関する限りは同年度中にせられることが必要であり、この同年度中の意思表示だけを問題とすればよい訳であるが)、或いは原告等において被告等に対し値上に応じて欲しいとの希望を述べた程度のこと(或いは前記協定による増額の同意を求める程度のこと)はあつたにしても、改めて一方的に賃料を前記の割合に増額する旨の意思表示をした事実はなかつたものであり、また被告等において原告等の右増額の希望或いは申入れを承諾した事実もないことを認めるに足るのであつて、原告本人堂島六雄の供述中には右認定に反する部分もないではないが、本件全資料からみてこれは採用できないところであり、他に右認定を左右すべき証拠はない。

そうすれば昭和二三年度の賃料が原告等主張のように一ケ月一坪五〇銭に増額せられた事実はないのであり、その増額部分の支払を原告等が求めることは、その求めること自体が失当であつて、被告等がその請求に応じなかつたからといつて被告等に債務不履行の責がないことは明かであり、また従前の割合による一ケ月一坪一〇銭の割合による賃料についても被告等に不履行の責のないことは前記の通りであるから、原告等の本件契約解除の意思表示は、その前提たるべき被告等の債務不履行の責を負うべき事実がないのであつて、従つてその効力を生ずるに由がないものというべきである。

そうすれば賃貸借の終了を原因として被告等に対し家屋の収去と土地の明渡を求める原告等の本訴請求は、他の争点についての判断をするまでもなく失当であることは明かであるので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)

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